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田川簡易裁判所 昭和38年(ろ)225号 判決 1964年4月02日

被告人 木村清三郎

明三〇・一二・二五生 農業

木村茂

大一一・一・三〇生 仕上工

主文

被告人両名はいずれも無罪

理由

(公訴事実)

被告人ら両名は、昭和三八年一〇月三日午后一〇時頃、田川郡方城町伊方二二七二番地赤金国弘方居宅において同人の婚礼の挙式中、赤金正弘が突然上半身裸体となつてその場に坐りこむなどの粗暴な振舞いをしてこれを妨害しようとしたことに憤激し、いきなり交互に手挙をもつて同人の頭部を一回宛殴打し、因つて同人に対し加療約一週間を要する頭部挫傷を負わせたが、その傷害を生ぜしめた者を知ることができないものである。

(公訴事実の傷害についての判断)

医師赤木幸郎作成の昭和三八年一〇月四日附診断書によると、赤金正弘は、当時公訴事実記載の如き負傷をしていたことが認められないことはないが、証人赤木幸郎の証言、同赤金正弘の供述によると、

1  赤木医師が赤金正弘を診察した際は、視診、触診及び科学的診察によるも何の異状も認めていない、ただ正弘の「前夜他人から頭をたたかれたので頭全体が痛い」との訴えのみによる診断である。

2  当公廷において正弘は、赤木医師に対し「後頭部が痛い」といつて診察を求めたと供述している。

3  正弘は診察当日前記加療一週間の診断書を取りながら、脳圧降下の注射と二日分の沈静剤の投与を受けたのみでその後の治療を受けていない。

4  正弘は平素飲酒しないにかかわらず、本件当時相当量の飲酒をしていると推認されるので、右頭痛は宿酔の疑がある。

5  証人石谷猛の証言によると、当夜正弘は路上で転倒している。

6  仮りに被告人らの暴行により頭部に挫傷を生じていたとしても頭部全面に挫傷が生じたとは考えられないにかかわらずその部位がわからない。

等を綜合して考えると、右診断書記載の如き挫傷があつたか否か疑わしく、仮りにあつたとしても被告人らの暴行によるものであると断定することはできない。

(認定事実)

証人赤金常弘、同赤金国弘、同中村二、同吉田長生、同石谷猛の各証言及び赤金国弘の司法巡査に対する供述調書、並びに被告人両名の当公廷における供述を綜合するとつぎのような事実が推認できる。

昭和三八年一〇月三日午後七時頃から前記赤金国弘方において同人の婚礼の挙式があつたが、国弘の父赤金常弘はその異母弟である赤金正弘に対し、同人の居所が不明であり平素交際もしていないので、右婚礼について通知、招待をしていなかつた。このことを他から聞き知つた正弘は、招待のないことに因縁をつけ右婚礼を妨害しようと企図し、同日午後四時半頃同町犬星の新婦小椎尾靖子方前路上において、石谷猛、被告人茂外一名が常弘の依頼より、嫁入道具を運搬すべく、これを積載した馬車の前に単車を横向に止め、「おれにだけ何故結婚式の通知をしなかつたか」「話が結着するまで荷物は運搬するな」「金田(場所により異なるが大体二キロメートル位の距離がある)には若い者(乾分の意)を一〇人位待している、今日是非共話をつける」など放言して約一時間半(正弘の当公廷における供述によつても約三〇分)にわたり運搬を妨害し、続いて同日午後七時頃石谷猛方に至り、同人に対し「金田に若い者を待たしている、おれは兄貴に一〇万円要求するつもりだ」と申向け、猛の慰留を聞き入れず、暗に常弘との面接を求め、猛をして常弘を呼び寄させ、常弘に対し「金田町の若い者を一〇人ばかり連れて来る」と言い、なお猛を通じて一〇万円要求する旨を伝え、息子の婚礼で忙しい常弘に嫌がらせをした。続いて常弘方に至り、常会長の司会で始つていた結婚式場の中央(新郎新婦の前)に上半身裸体となつて坐り込み、式の進行を妨害し、中断するのやむなきに至らしめ、更に披露宴が始つたところ、その席において右の如き醜態のまま列席者の言葉尻をとつて暴言をはき且つ度々立騒ぎ、その都度附近の列席者から制止されて一時静かになるが又立騒ぐということがくりかえされていた。午後九時過ぎ頃、前記婚姻の仲人である被告人清三郎が、たまたま正弘の附近に居た時、又正弘が立騒ぎかけたので、清三郎はこれを制止して坐らせるため同人の左肩を左手挙で突いたところしばらく静坐していた、しかし正弘はなおも騒いで宴会を妨害し静止しないので、石谷猛外一名がたまりかねて他家に運れ出した。

(被告人清三郎が正弘の頭部を殴打したとの公訴事実について)

証人赤金常弘は初め検察官の問に対し「どちらかの手で肩か頭をたたいた」旨答え、弁護人の「清三郎が顔のところを殴つたと警察で述べているがそのとおりか」との反対尋問に対し「私は手を振つたのが見えたと言い、殴つたなどとは言つていない、その手が肩にあたつたか頭にあたつたかわからない」旨答えていることを考えると、被告人が正弘の頭部を殴打したとの事実は疑わしく、又被告人清三郎の検察官に対する供述調書中の「被告人が正弘の頭部を殴打した」旨の供述(自認)記載は被告人の当公廷における供述と対比してたやすく信用し難く、証人赤金正弘のこの点についての供述は明確でなく、且つ証人犬山アキノ、同水上道子の証言と対照すると信用できない。

(被告人茂が正弘の頭部を殴打したとの公訴事実について)

被告人茂は警察の取調べ以来当公廷においても、左手挙で正弘の頭部を一回殴打した旨自白している。この自白は被告人が任意にしたものであるとは認められるが、被告人としては父である相被告人清三郎が、前示正弘に対する傷害事件につき嫌疑を受けているので自己が虚偽の自白をしてその責任を引受け、父の責任を軽減しようと意図した結果であるとの疑いを生ぜしめないでもなく、その自白の真実性は甚だ疑わしい。そしてこの自白は被告人に不利益な唯一の証拠であつて、他にこれを補強するに足る証拠がないので、同被告人を有罪とすることができない。

(正当防衛の主張について)

婚姻は人生の最も大切な行事であるから、古来何れの国でもその儀式は厳粛に行われている。そしてその様式は時と所により区々であつて、我国においても神前結婚、仏前結婚、教会結婚などがあるが、今なお庶民階級においては、新郎の家に新婦がいわゆる嫁入りして、その家において結婚式を挙げ引続きその場で披露宴を開くという様式を行つている。この場合結婚式から披露宴を一括して婚礼という。従つてこの婚礼を厳粛に且つ何人からも妨害されず平穏裡に終始することは、婚姻の当事者、その親達の利益であり、この利益は厳密な意味で権利といえなくても、なお法律上保護せらるべき利益であるから、刑法第三六条のいわゆる権利であると認められる。

赤金正弘は前示認定事実のとおり、前記婚姻の当時者である新郎赤金国弘の父常弘の異母弟であり、平素常弘と交際をしていれば、右婚礼には当然親族として案内を受けるべき立場に在るものということができる、しかし同人はその居所が定まらず且つ常弘との交際がなかつた(証人石谷猛の証言によるとその素行もよくない)ため同人に対する案内はされていなかつた、このような者が厳粛であるべき大切な結婚式に突然現われて、上半身裸体となり式並びに披露宴を妨害するは、正に急迫、不正の侵害であり、これを制止するため婚姻の仲人である被告人清三郎が、婚礼妨害者である正弘の肩を突いて静坐させることは、前示婚姻当事者らの権利を防衛するためやむことを得ざるに出た行為と認めるを相当とする。そうすると被告人清三郎の行為はいわゆる正当防衛として処罰することはできない。

以上説示のとおり被告人清三郎の行為は正当防衛として罪とならず、被告人茂の行為は犯罪の証明がないことに帰するので、刑事訴訟法第三三六条に従い被告人両名に対し無罪の言渡しをする。

(裁判官 吉松卯博)

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